あなたは、「レ・ミゼラブル」の<忘れられないあの瞬間>をどこかに持っていませんか?


《このミュージカルは、あなたの人生を変える。》

ミュージカル版の日本におけるキャッチフレーズでもあります。

文字通り「レミゼ」で人生を変えられた人もいるかもしれません。


こちらは2019年4月19日~5月28日までの間に無記名アンケートにて募集したアンケートの結果です。

テーマは「レ・ミゼラブル」の「運命の瞬間」。


「運命の瞬間」であれば、原作、ミュージカル、映画、コミックス、アニメ、抄訳なんでも自由に書いていただきました。

のべ98通のコメントをいただきました。ご協力いただいた皆様ありがとうございました。

(基本的にはいただいたコメントをそのまま載せていますが、一部私への私信と捉えられるところは削除しております。)


以下、順不同です。

コメント

レ・ミゼラブル 少女コゼット
ヒュー ジャックマン主演の映画版レミゼ
もともと世界名作劇場が好きで、久しぶりに復活するということで見たら、夢中になってしまい、それをきっかけに原作、ミュージカル、映画など手を出してズブズブと

私は2015年のレミゼが初観劇で初めての生の舞台でした。

最初のジャッジャーン!の一音から胸を打たれ、カテコまで涙が止まらなかったのをよく覚えています。

今ではロンドンまで観に行っちゃうくらいファンです!!

私は2016年に、当時在学していた高校の合唱祭で初めてレミゼに触れて興味を持ち、2017年の帝劇での公演を観に行きました。

初めて観るミュージカルでしたが、音楽や演技に圧倒され、観劇にどっぷりとハマってしまいました。その影響で大学でも演劇に近いことを勉強しています。まさに私の人生を変えたミュージカルです。

高校生活最後の文化祭でレミゼを上演しました。台本は映画版のものを元に、20~30分台本にまとめました。歌は担任が英語教師だったこともあり、歌は全部英語。テスト期間明けすぐの文化祭で、狭い教室に舞台セット作りつつ、歌覚えつつ、台本覚えつつ、動き覚えつつ、でとても大変だったことを覚えています。文化祭ではとても評判が良かったです!

自分の人生で初めて触れたミュージカルはこの文化祭でのレ・ミゼラブルでした。ミュージカルの世界に興味を持つきっかけの1つになったと思います。映画は何度か観たのですが、まだ帝劇にはレミゼを観に行けてないので、遠くない将来観に行きたいと思っています。ミュージカルとの接点をくれた思い入れのある作品です。ありがとう。

高校生時代のレミゼ。ミュージカルが好きじゃなかった私は芸術鑑賞会がきらいだった。授業だから!と完全詳細ネタバレ(誰がいつどんな状況で死ぬか、有名曲の歌詞全部載せ等)を資料を読み込まされて帝劇へ。たしか20周年記念の年。つまんねぇよネタバレ頭に入ってる状態で嫌いなミュージカルなんて!寝ちゃえ!って思ったが、最初のジャッジャーン!で心を奪われ2幕最後のアーアーー!!でもう涙がハラハラ。同級生みんな目が真っ赤。そして私に影響され母もレミゼ好きに。今では私も母も立派なレミゼオタ。あのときの役者さんはモリクミさんしか覚えてない。当時のチラシも日付を記した日記も完全詳細ネタバレ冊子も色々あって無くした今、確かめることができないでいます。あのときの1回の感動を超える出来事は、その後に観たレミゼも、他の舞台も、自らの結婚式でさえ超える衝撃には出会えていません。

坂元健児さんがアンジョルラスをやっていた 山口祐一郎バルジャン 今拓哉ジャベール泉見洋平マリウスの帝劇Les Misérables

山本耕史マリウスのLes Misérables

映画(2012)

レミゼラブル自体は他の媒体で知っていたのですが、改めて私の「運命」のレミゼを考えてみると、2012年の映画だと思います。映画館で公開された当初、社会人なりたてで心が折れかけた私は、あの日映画版レミゼを観て、席から立ち上がれなくなるほど泣きました。明るい未来が見えなくなるほど心が疲れていた私に、今は辛いよね、でもいつか終わるから大丈夫だよ、と言ってくれたような気がしました。寄り添ってくれたような気がしました。それは、どんな言葉よりも私に響きました。相変わらず仕事には行きたくなかったけど、それから何度も映画館に通い、気付けば泣きながら通勤していた日々も終わっていました。あの日、映画レミゼラブルに出会ってなかったら、今の私はいません。

2015年帝劇公演の、杉山さんコンブフェールが「列に入れよ〜」と歌うところ。

小さい頃家族で観に行ったのをふと思い出し、何気なく行ってみるか、程度の気持ちで訪れた公演でしたが、杉山さんのまっすぐな声に感激し、しばらく動けなくなったほどでした。我に帰った後の残り少ない休憩時間で、「あの歌のあのフレーズを歌っていたのは一体誰…?」と必死に検索したのを覚えています。

それ以来すっかりミュージカルにはまり、、豊かな日々を過ごさせていただいています。

また、今年の佐藤さんバルジャンのbring him homeも言葉にできないほど素晴らしく、新たな運命のレ・ミゼラブルになりそうな予感がしています。

映画に感動して初めて舞台を見に行った時「一日の終わりに」の『この荒波が~』の部分、アンサンブルさんの歌声の迫力に身体中に電気が走り鳥肌が立ち、息ができなくなりました。生の舞台の迫力を初めて体験しました。そこから次のレミゼが始まるまでずっと忘れられず、今では立派なオタクになりました。沢山の作品を見ましたがやっぱりレミゼが1番好きです。

最初のきっかけは、子供の頃読んだみなもと太郎先生のコミック版。ギャグアレンジだしカットされた登場人物もいるけれど、後々読み返すとレ・ミゼラブル脚色のお手本のような作品でした。原作に極めて忠実なエピソードもあり、ナポレオンの功罪及びこれがポスト・ナポレオン時代の物語であることもしっかり描かれています。

次が1978年の英国ドラマ版。バルジャン役はリチャード・ジョーダン。ジャベールがアンソニー・パーキンスでした。だいぶ経ってからそれ以前の様々な映画化作品を観て判ったことですが、このアンソニージャベールこそミュージカル旧演出版にまで到る後世のジャベール像の原型であり、わたくし自身のジャベール萌えのルーツでもありました。

しかし「運命の」となると、これはもう1995年にNHKで放送されたミュージカル版10周年記念コンサートと言うしかありません。通称TAC。正式名称は「Les Misérables: The Dream Cast in Concert」。

そのタイトル通り1985年英ウェストエンド、1987年米ブロードウェイそれぞれの初演キャストを中心としたまさに「ドリームキャスト」でした。

ブロードウェイ初演と同じ年に始まった日本・帝劇公演もずっと情報を追っていて、いつか観たいと思いながらも、当時私生活が激変したことなどもあって叶わなかった自分にとっては、これこそがミュージカル『レ・ミゼラブル』の原点であり、そして最高峰となりました。まさにその後のレミゼ人生を決定づけたコンサートです。

「これがあれば良い。他には要らない」

極言するなら今もそう思っています。

その後、英初演版をはじめCDを買い集め、DVDの時代に入ってから、かつて東宝が出していた10周年コンサート字幕版を購入。更にネット通販ができるようになってからは海外版にまで手を伸ばすようになりました。

初めて原作をちゃんと読んだのは更に後のこと。2000年製作の英仏合作TVシリーズがきっかけでした。主演はジェラール・ドゥパルデューとジョン・マルコヴィッチ。地上波放送は確か2004年のお正月でした。実はかなりの脚色や改変のあるドラマなのですが、なぜかはまってしまい、それを機に岩波文庫版を買い揃えました。

再びミュージカルに目を向けるようになったのは、やはり2012年製作トム・フーパー監督による映画化作品から。我が最愛の海外俳優であるヒュー・ジャックマンが主演だったということも大きかったと思います。

そこから、長い年月の果てに帝劇通いが始まり今に到るというわけです。

ツイッターで同好の方たちと語り合い、情報交換し合ったことによって、一気に加速・加熱した感もありますね(笑)。

「運命」のと言うより、「我がレミゼ的人生」みたいな文章になってしまいましたが、積極的に関わらなかった時期も含め、これまでの人生に於いていつも傍らにいてくれたのが『レ・ミゼラブル』という作品でした。

あえて「運命」のと言うなら、やはりミュージカル版。10周年記念コンサートと2012年の映画化作品ということになります。

長々と失礼いたしました。

2回目に観劇した時、席が最前列のセンターで、ただただ圧倒されました。舞台上のオフマイクでの役者さん方のセリフなども聴こえて、まるで私もその中にいるかのような感覚でした。これは一生忘れられない経験です。

ああ無情(講談社 少年少女世界文学館)

流行りになっていた映画で観たのが始まりで、上京して初めての帝劇で観た演目もレミゼ

私にとっての「運命」のレミゼは、幼少期の枕元での父による語りです。よく絵本の読み聞かせをしてもらう子どもだったのですが、レミゼが好きな父は大まかなあらすじを私のために諳誦してくれました。いつも革命のあたりで寝落ちしていましたが、その後の私のレミゼ人生の礎となった「運命」のレミゼだと思います。

中学生の頃に見た昆夏美さんのオンマイオウン

2001年のお正月の帝劇公演。友達に連れられて初めて観た本格的なミュージカル、あそこで山口バルジャンや島田エポに出会ってしまい、完全にミュージカルにはまりました。日本人にこんなことができるのか!と衝撃を受けたこと、今でも鮮明に覚えています。あのあと、リピートして手に入れたチケット、確か前楽で、唯一その一度だけ本田美奈子さんのエポに会えたこともとても幸せでした。

高校時代、ロンドンへ研修に行った際、一人で観に行ったWEのレ・ミゼラブル 

初演当時NYに住んでいた両親が持っていたカセットテープ

私の『運命』のレ・ミゼラブル、それは2011年4月8日。東日本大震災後初の上演のプレビュー初日です。私は福島県浜通り在住です。震災後1ヶ月足らず、当時は上京手段は本数制限された高速バスのみ。いつもは日帰りでの観劇も宿泊が必要。生活面でも、やっとライフラインが開通して来た頃でした。無理をしてレ・ミゼラブルを観に行かなくても~とも思いました。でも、キャストのファンクラブで申込みしたチケットは、奇しくも最前列。辛い震災後の生活を頑張ったご褒美だと思いました。余震も多く、高速バスも運休になる事も多かったのですが、どうにか上京出来てレ・ミゼラブルを観劇。今まで『感動するね』などと言ってましたが、この日は1幕ラストの『ワン・デイ・モア』の『明日には分かる神の御心が、朝が明日が来れば』が被災地で暮らす自分の境遇と重なり、初めて涙を流しました。そして、2幕の『彼を帰して』は避難している方の帰還を祈る歌に聞こえました。この日、レ・ミゼラブルは、今までと違う作品になりました。

2007年博多座レミゼ組です。祐一郎バルを観に行って禅ジャベに落ちました(笑)それから10年禅ジャベを追い続け、Specialマリウスも観て昇天。その後は、キムジュンヒョン、吉原光夫と見続けています。永遠に卒業のない学校のような「レ・ミゼラブル」死ぬまで見続けたいです。

SHISEIDO提供の レミゼラブルメイキング番組のアンジョルラスが、民衆の歌を歌い始めるシーンをみて、ひとめぼれしました。 レミ再演か再再演のころです。

ミュージカルの2007年の帝劇公演。続投学生のなかちょっと浮いている原田アンジョの佇まいに落ちました。また、原作の「花の顔」の描写に納得するビジュアルでしたし(笑)

小学校のとき、図書室に置かれていた児童文学シリーズを読破してやる!と意気込んで読んでいた中にあった「あぁ、無情」

初めて観たレ・ミゼラブルはミュージカル部の友人の文化祭公演でした。学生の舞台でしたが、なかなかのクオリティで、「音楽が素晴らしかったし、あの革命家の役かっこいい!」となり、色々調べた結果、あれはアンジョルラスというらしいこと、そして彼は学生で、実はABC友の会という個性豊かな学生の集まりの一員であることを知りました。興味を持ったのはそれがきっかけです。

その後しばらくレミゼとは離れていましたが、オペラ座の25周年記念公演の映像を観る機会があり、ラミン・カリムルーさんの歌声の素晴らしさに、(申し訳ないですが)映画版ではもの足りず、youtubeで調べまくったところ、自然とオススメされるレミゼを聴くようになり、ズブズブとその世界観、とくにABC友の会の子たちにハマっていきました。原作、アニメ版などにもちょこちょこ手を出していきましたね。

一番衝撃だったのは、ミュージカル25周年記念コンサートです。DVDで観ましたが、とにかく泣きました。号泣でした。コンサート形式だから、お芝居要素は強くないのに、今もですが英語さっぱりわからないのに、歌だけでここまで感情が突き動かされて人は泣くんだと。アルフィー・ボーさんの素晴らしい歌声はもちろん、やっぱりラミン・カリムルーさんのアンジョルラスに陥落しました。あの情熱が眩しくて…。そしてハドリー・フレイザーさんのグランテールで落ちた。あとキリアン・ドネリーさんの声がめちゃくちゃ好きなのと、ラミンンジョに全く話を聞いてもらえてないクールフェラックが、映画のキリアンコンブフェールと重なり、ツボです。

つまるところ私の運命のレ・ミゼラブルは、ABC友の会、とりわけ25thのアンジョルラスとグランテールです。ただ、それだけではなく、あの時観た文化祭公演、オペラ座、youtube、全てがレミゼに導いてくれたと思います。そしてレミゼがきっかけでウエストエンドの俳優さんを好きになり、大好きな推しができたり、お友達が出来たり、イベントに参加したり、創作をしてみたり、私の人生が変わったことは間違いありません。間違いなく私は列に入っています。

2009年3月。子育てが少しだけ落ち着き、久ぶりの中日劇場。4年半ぶりに観る大好きな役者さん。2階席でしたが、この「場」に居ることが出来る幸せ。オーケストラが鳴ったとたんウルウルしてしまいました。

中日劇場ではたくさんの演目を観劇しましたが、この時の「レ・ミゼラブル」は、まさに運命でした。

レミゼラブルに出会ったのは2009年、自分が10歳の時です。

ガブローシュのオーディションを勝ち抜いたのがきっかけでした。

それまではどんな作品なのかもよくわからずにレッスンをしていましたが、いざ稽古が始まるとレミゼラブルの世界を目の当たりにして、ただただ圧倒されるばかりでした。

こんなに貧しい人たちが本当にいるのだろうかという疑問共に、それでも明日のために戦う学生や、明日のために生きる者、愛する人のために全てを投げ出す人、自分の信念に真っ直ぐな人など、色んな人がいて、自分がどんな人間を演じるのか、どんな生き方をしてきたのか、たくさん悩みました。

それからは、実際にフランスで何があったのか、どんな背景があるのかを勉強をする毎日が続き、だんだんと自分が演じるガブローシュの表層が見えてきました。でもそれを舞台上で表現する難しさも同時に学びました。

この経験が自分を一歩、成長させてくれたと信じています。

何故なら、レミゼラブルの千秋楽を迎えたあと、フランスに住むことになり、3年を過ごしました。

そこで僕が見たものは自分が演じたかったガブローシュの憧れや理想など、全てが詰まっていて、あれでよかったのだと再確認できたからです。

あれから10年。

今年で20歳になります。

自分はレミゼラブルに出会って人生が変わったのだと確信しています。

フランスのみならず、世界を視野に入れることができるようになったからです。

そして色んな経験をさせてもらったからこそ、もう一度あの舞台に立ちたいと強く願っています。

レミゼラブル、ありがとう!!

わたしにとって運命のレミゼは原作(豊島与志雄訳)です。

そしてグランテールのラストです。

2012年のミュージカル映画レミゼが流行していた際、原作を読まずに映画を見るのもな…と思ってとりあえず原作を手にとったのが読むきっかけでした。

外国文学を読むことに抵抗はなかったのですが、格調高い文体に乗せられてけっこうサクサク読むことができました。

ミュージカルも知らなかったわたしにとって、ABCはいきなり出てきた謎の存在でした。

「ABC友の会ってなんだ?これはバルジャンのはなしって聞いていたけど…」とよくわからないがキャラの立っている面々が出てきて驚いたりしました。ついでに高校で世界史やった程度なので32年の顛末など知らずにいました。

その中でもグランテールが気にかかりました。やたら喋りが長いし、長い割に何を言っているのか分からない…

そしてバリケード陥落です。〇〇は死んだで片付けられてしまっていくキャラクターたちの中にグランテールの名前がないのが気にかかりました。もしかしたらどこかで死んでいるのに読み飛ばしてしまったのか…?

そのときあれです。

いきなり起きてきていきなりかっこいいことを言ってさっきまでの酔いどれで寝てたのなんなんだ…!?しかもアンジョルラスに認められている…!?

まさかこんな鮮烈なラストだとは思っていませんでした。

レ・ミゼラブルという物語すべてが絢爛豪華でパワーが強いのですが、そのなかでひときわ心に残ったのが彼の人生でした。

そう多くは語られていないけれども、あのラストで過不足なくうつくしく終わって、よかった。

その後他翻訳や各媒体でのグランテールを見てグランテールイデアを考えることにもなるのですが…

ミュージカルどころか舞台にさえ、生まれてこの方行こうという発想がまったくなかったけれどもレミゼで帝国劇場デビューしたり(その後ロンドンにまで行ってしまった)、フランス語を学ぶモチベーションが生まれて一年で独習であるテストに合格できたり、人生を変えられたな…と思っています。

ありがとうレ・ミゼラブル、そしてグランテール、そして彼ら彼女らを生み出したヴィクトル・ユゴー。

私の運命のレミゼは、2回訪れました。

1回目、2003年9月初観劇。

きっかけは、テレビドラマで知った山口祐一郎さんを舞台で観てみたいというミーハー心からでした。しかし、当時の私はミュージカルが大の苦手。悩んだ挙句、一生に一度は本格的なミュージカルを観てみよう、だめなら仕方ない!という気持ちで、レミゼの世界へ飛び込みました。・・・そうして終演後・・・放心状態になり、席から立てず、「こんな世界があったのか・・・」とレミゼに圧倒されたのでした。この時は、バルジャンと物語を追うのが精いっぱいで作品を味わう状態にはありませんでした。とにかく、ミュージカルというジャンルに出会わせてくれたのがこの観劇だったのです。

2回目、2004年7月コンサート形式のレミゼ。

初観劇後、関連書籍を読み込み、海外のCDも取り寄せたりして、すっかりレミゼファンになって臨んだコンサート。この時は、念願だった岡幸二郎さんのアンジョルラスに尽きます。あの時の「群れとなりて~~~∞」の音圧が今も感覚として残っているほど、完璧なアンジョルラス像に、見知らぬお隣の席の方と泣きながら頷きあいました。コンサートとはいえ、衣装もメイクも本番仕様で、本当に贅沢な内容だったと記憶しています。また、訳詞の素晴らしさに気付かされたのもこの時でした。英語の音と日本語の音がリンクしながらも意味が損なわれていないところ、そして、日本語が美しいです。「誰かを愛することは、神様のおそばにいることだ」大切にしたい言葉の一つです。

そして、現在上演中のレミゼからも新たな感動をもらいました。(先日プレビュー公演を観劇しました)レミゼは、どのような時代になっても、生きる力を紡いでくれます。もしかしたら、レミゼが上演されない世界になることが理想なのかもしれません。しかし、レミゼの世界に触れることで、当たり前と思っていたことが当たり前ではないのだ、ということに気付いて省みることも必要なのかもしれません。個人的には、レミゼ観劇後はしばらく自省モードになります・・・。

レミゼのおかげで、仕事や家族のことで苦しい時も乗り越えてきました。

これからも、レミゼとともにありたい・・・そう思います。

長文、失礼しました。

友達がミュージカルを観にいくというので誘われて行った、ニューヨークでの舞台レミゼ。簡略版だったけれど、英語がそんなにわからなくても引き込まれた。舞台なのに、落ちていくジャヴェールが本当に落ちていくように見えたりして本当に驚いた。ミュージカルってすごい!を教えてくれたのがレミゼでした。

私のレミゼ初見はまんがで読破でした。小学生の時に通っていたそろばん塾の本棚に置いてあって、繰り返し読んでいた記憶があります。

そして「運命」のレミゼは2012年版の映画でした。前述の通り漫画でストーリーを知っていたのと、母親がミュージカル好きなのもあって、公開された時に映画館に見に行きました。まだ小学生だったのでストーリーは完全に解釈出来ていなかったとは思いますが、それでも映画館を出る頃にはわからないなりに感動していたのを覚えています。まんがで読破よりも厚みのあるストーリー、映像でより鮮明かつ正確に迫ってくるイメージ、そして何よりあの曲たち!今までミュージカルというものに触れたことが無かったのに、このレミゼでミュージカルの世界にも一気に引き込まれました。

レミゼに出会わなかった場合の人生は想像もつかないので、本当にレミゼに人生を変えられたのかはわかりません。でも1度私の心を掴んから離してくれず、これからの人生をレミゼ無しでは生きれないのは確かです。初見からもう十年近くが経ち、そろばん塾の帰りに本棚の前で棒立ちのままレミゼを読んでいた私も高校生です。ここまで長い期間ハマっているジャンルは他にありません。もちろん映画だけではなく、原作も舞台も、どの媒体でも大好きです。こんなに魅力的な作品を知れた事が本当に嬉しいです。

1994年、岡幸二郎のアンジョルラス、石井一孝のマリウス初見。

道徳の教科書にバルジャンが燭台を盗んで許されるシーンが載っていた。あの時は優しさがメインだと思っていたけど、今はむやみにバルジャンを罪人にしたくない気持ち、色んな想像が広がる。

高校2年生のとき、大好きな世界名作劇場の「レ・ミゼラブル 少女コゼット」を初めて見ました。原作との違いを載せているファンサイトとともに見たので原作が気になり、電子辞書に入っていた豊島訳の原作を必死で読破。

その後ミュージカルの存在を知り、岡幸二郎さんのCDで「夢やぶれて」「星よ」「ワン・デイ・モア」を聴きました。

その後映画を見ました。

音大に入学した後、ひょんことから「夢やぶれて」を人前で歌う機会をいただきました。そのとき初めて赤盤を買い、一気にミュージカル版にのめり込みました。

先日初観劇し、来月の二度目の観劇までに新潮の原作を読破するのが目標です。

初観劇の前に「少女コゼット」を全部見直しました。これほど原作の雰囲気を守ったまま 分かりやすく深く楽しく作り上げた世界名作劇場は偉大だと感じました。アニメを見るとアベセが大好きになります。44話はもうつらくて画面が見られない……

私をレミゼの世界に引き入れてくれたという点で、やはり運命のレミゼは「少女コゼット」だと思います。

エポニーヌ役をやっていた女優さんのファンになり、その方のソロライブに行ったときにOnMyOwnを聴いたのが始まりです。初めて聴く曲なのに泣きました。そこからレミゼのことを調べ、その女優さんが出ていなくても観劇を続けています。

ミュージカル

ヒュージャックマンの映画に影響されて初めて生で観たミュージカルが2013年の帝国劇場公演でした。

当時は東宝ナビザーブやイープラスの存在を知らなくて、カード会社の抽選に申し込みました。当たったのはB席の2階最後列。もちろんオペラグラスなんて持ってないのでほとんど豆粒みたいな景色でしたが、歌のパワーに圧倒されました。

アンジョルラスの声が特に素敵だったので、パンフレットを購入してお名前を確認したところ、上原理生さんという方でした。以来、彼のファンです。

2007年レ・ミゼラブルに通い始めました。その前のタイミングで観たことはあったものの「とにかく圧倒された1回」で終わってしまっていたのは若すぎたからだと思います。

2007年、学生達を愛し私は砦に青春を捧げました。2009年は07年の凱旋のような年でほぼほぼ同メンバー。この時、足掛け2年…あの砦と共に生きました。大人になるにつれて、家の外で泣いたり笑ったりすることは良くないものだという風潮に飲まれ、泣く女はめんどくさいと言われ、映画を見ても感情を押し殺していた私が、何をしても感情を止めることが出来なくなったのがあの2年でした。ただ、この時は「贔屓が出ているから」自らハマりにいったように思えていたんです。でも、確実に私の人生に大きな糧となりました。新演出になり、寂しさはありましたが、フラットな気持ちで観たら、離れかけていた気持ちはまた引き戻されました。いつの間にか。愛する人達だらけの砦に、今度はもっと能動的に沼に落ちました。またしても泣けなくなっていた、感情に蓋をすることを良しとしていた自分を解放してくれたのはレミでした。泣いて、何かに熱中して、各地に飛び、沢山の思い出を作る。レミのある半年は友達が増え、自分と向き合い、ひたすら頑張れる。無我夢中で、学生の頃のようにとにかく必死に生きていける。そんな大切な時間です。私は現在地方に住んでいるので、頭を使っている思考している自分とは別に、ただただ抗えず涙を流す自分もいる。不思議な感覚になれる。それが私のレミゼです。そして抗えず生きる人々を全力で愛していく、私の愛した過去のレミと愛してる今のレミ。演出が変わったことで、再び愛せたのは事実です。また砦から取り残されてしまう年がくるかもしれないけど、レミを追いかけた時間が私の人生に確かにあったことは、間違いなく財産です。私のレミは07と13から。2度、私の人生を変え支えてくれました。そして友人や思い出といった財産をくれました。

NHKBSのトニー賞特集で放送されていた25周年記念コンサート

映画です。今年の9月に地元で初めて舞台版を見ます。

2012年映画版

不仲の家庭で育ちました。

家族を恨んだこともありました。

あるときから環境や周りのせいにするのはみっともないと思って、そういう自分を戒めていました。

でもどこかでそういう気持ちが残っていたし、そう思うのは自分が弱いからだと思っていました。

弱い自分を他人に知られたくなくて、他人が当たり前に持っている仲の良い家族が羨ましくて、不仲の家庭で育ったことが恥ずかしくて、誰にも家族のことを言えませんでした。

映画のレ・ミゼラブルを観たときの感情をどう言えばいいのかわかりません。

許された、と思いました。

私の弱さも、環境を恨む気持ちを持つことも、不仲の家庭で育ったことも、何もかもが許されたように思いました。

どうしてなのかはわかりません。最後の民衆の歌のリプライズを聞いたとき、ボロボロ涙を流していました。私は許されたのだと思いました。

あれから数年、私は親元を離れ、自立して暮らしています。離れてみると親もただの人で、恨む気持ちを押し込めなくても自然と消えていきました。人は人を許すことができるということなのかもしれません。

私は今、劇場に通いレミゼを観ながら「許す」ということを考えます。とても難解です。けれど、「許す」ことで「許される」ということをレミゼは私に教えてくれたように思います。

2017年のレミゼ。映画で散々見たけれど、劇場は凄かった。私たちも一緒にフランスに生きていた。

上原理生さんの、気高く荘厳な、光り輝くアンジョルラス。ヤンさんと清水彩花さんの、愛に溢れるバルジャン・コゼット親子。他にも沢山、もう一生観られないと思うと寂しい。

でも、レミゼ2019も少しも劣ることなく最高だ!また観られることに感謝します!レミゼのある人生、素晴らしい!

ファンテーヌの母親愛と報われない恋にひたはしるエポニーヌに感銘を受け号泣しました。映画館であんなに涙が止まらなくなったのは初めての出来事でした。それから舞台でも拝見し大ファンです。毎回公演する年度には欠かさず見ています!生きる力をありがとう💓

2013年新演出版です。たぶんチケット捌けなかったんでしょうね、会社の福利厚生で、安く手にはいりました。それまで劇団四季には行ったことがありましたが、ミュージカルの予約のしかたがわからず、レミゼみたいな超有名な人気作はチケット取れないと思っていたので、これ幸い物は試しでキャストも何も知らず見に行きました。

そこで出会った杉山アンジョルラスの民衆の歌で一気に沼にダイブ。チケット取りやすかったおかげで公演期間途中からでも13回観れました。しがない会社員なのに。今年の状況では考えられないですね…

旧演出を観ていないのはとても残念です。

運命のレミゼラブルといえば、やはり初めて観た2006年4月6日公演。昼だったかな。本田美奈子.さんが出るはずだった回の公演で、終演後に追悼トークショーをやっていた。友人から勧められて、コゼットとエポニーヌの区別もつかないまま観たそれは、作品の中だけではなく、造り上げてきた日本スタッフやキャストの歴史をも感じてしまうようなものだったように思う。

演出という点で記憶に残っているのは、2007年公演の多分8月末頃。そのシーズン最後の観劇で、エピローグの学生たちの声が聞こえてしまう泉見マリウスの表情は今でも忘れられないし、感情が昂った。

見られなかった公演で日付まで覚えているのは、2009年10月24日(22日か26日だったような気もしてきた)橋本バルジャンと今ジャベの組み合わせ観たかったなぁ…

東宝をも含めた運営のキャスティングに対する疑問感や、どうしても新演出が馴染みきらないままであることもあり、私の中のレミゼラブルは旧演出の盆が回るそれである。なおイギリスには行けない(白目

ミュージカルでエポニーヌが、こんなもなよ私の恋笑っちゃうわねと言っているシーンが一番ジーンときますよね。

2012年、帝国劇場凱旋公演の、冒頭です。

祖母に連れられて席で待っていると、まだ明るいのにいつの間にか客席が静かになりデッデーーーーンという爆音で始まりました。

その瞬間の感動から、今もレミゼが1番大好きです。

ちなみに、最初は圧倒されすぎて、鳥肌と感動に気づいて涙が出たのはプロローグが終わってスクリーンにユゴー直筆の「Les Misérables」という文字が浮かんだ瞬間です。

ヒュー・ジャックマンの映画のレミゼと。ミュージカル25周年のレミゼDVD(アルフィーボー)

2017年公演の本初日、部活の仲間がチケットを当ててくれて、一緒に観に行きました。初めての帝国劇場、初めてのレミゼ、そして舞台に立つ皆様の生き様に震えました。舞台で生きるってこういうことなんだ...と思いました。それまで断片的にしか聞いたことがなかった曲が、ストーリーと合わさって自分の心に響いてくる感動や、前奏が劇場に響いた時のゾクゾク感、高揚感が忘れられません!今年は受験生で観に行くことはできませんが、またレミゼを観られる日を心から楽しみにしています。

2017年5月22日のプレビュー。相葉裕樹さんのアンジョルラスを観に帝劇に遠征したあの日。幕が降りた後も、あまりの感動に打ちのめされて、椅子を立てませんでした。

見たことはあるけど別段好きな舞台ではなかったレミゼ。ファンだったけど、一公演地方も含めて2~3回観れれば満足だった相葉さん。

それが何がなんでも通いたい舞台、追っかけたい役者に変わりました。

まさしく世界の色が変わった、運命の舞台でした。

ずっと姿形と動きの美しさは抜群だし演技力も素晴らしいと応援してはいたけど、歌える人とは思ってなかった相葉さんがあれほど素晴らしい歌唱を聞かせてくれるとは。

本当に衝撃でした。

その後もどんどん良くなって、今年2019は更に数段歌える人になりましたけど、その最初は2017のプレビューだったと思います。

本音を言うと、私はレミゼファンというより相葉ヲタなので、相葉さんがレミゼに出なくなったら今ほど通うことはなくなると思います。けれど、どんな役でも相葉さんが出ている限り追っかけますし、相葉さんのいないレミゼも観に行くでしょうね。

ロンドンでの25周年記念コンサートでのラミンカリムルーの「Red and Black」からの「民衆の歌」。

映像なのに力強さが直接伝わってくる感覚。そして、映像だから何度でも見返せる。

2013年のヒュージャックマン主演映画

2013年、映画にはまった後初めて観たミュージカル版

2回目の時に、あれ?この前のグランテールと違う‼️と思って、それから前回の丹宗さんという人にたどり着き、それ以来オタク生活が始まりました( ̄▽ ̄;)

映画

当時、高校生だった私は、映画館で初めてレミゼに出会いました。物語も知らないまま観て、全ての登場人物の中に自分を見つけました。圧倒され、心揺さぶられ、感動しました。そして何より「誰かを愛することは神様のおそばにいることだ」という歌詞。人を愛することの尊さ、愛だけが全てを超越するのだと知りました。今でも大好きな台詞です。

私は小学生の頃に本を読みました。そのなかでもバルジャンがジャベールを殺さずに逃がしたシーンが印象に残っています。今はミュージカルにハマっているので今度観に行くレミゼがとても楽しみです!!

2003年から山口祐一郎さんに惹かれて東宝のレミゼラブルを観劇し始め、新バージョンになって直ぐ山口さんの降板で傷心のところ、カルチャースクールでみんなでレミゼのナンバーを歌うというので、

軽い気持ちで参加したところ、指導者の先生の声に一目惚れ。本当は2003年のレミゼの舞台でもCDでも聴いていた声でした。経歴を探し今では、その方の熱烈なファンです。

カルチャースクールで一緒にレミゼナンバーを歌っております。

強いて言うなら、2013年の某上演日でしょうか。

母に沼の浅瀬に引きずり込まれました。(お願いされて、中日劇場に付いて行きました)

蛇足

レミゼに初めて触れたのは、小学校で読んだ児童版の文庫でした。

ほぼ好みではなく、意地で読み終えた状態だったので、初回の付き添いは渋々でした。ささやかなご機嫌取りです。

二度目も歌と音楽は楽しみでしたが、意味合いは同じでした。

三度目から、自分の分はチケット代を払い、母の分も一度は払いました。

去年、思い立って気になったレミゼの俳優さんのファンクラブに入り、いよいよ今年。

母とも一度は日程を合わせましたが、大半はファンクラブから購入しました。

音響が不評ですが、最寄りの御園座には六回出向きます。

通帳とは相談しましたが、勤務は度外視しました。

どうしてお金を払いたくなったのか、いつから脳内BGMにレミゼの音が加わったのかは解りませんが、楽しい人生を送っているつもりです。

1998年版 リーアムニーソンのLes Misérables

帝国劇場のレ・ミゼラブル2013です。当時中学生だった私の人生を一変させてくれました。

新演出初めてとは知らずチケットを取ったのですが、役者さん達の熱量に圧倒され、とても感動したことを覚えています。このレミゼを見ていなければ私はミューオタではなく、ミュージカルが苦手なままだった思います。

その時の思い出は今でも宝物です。

あと、トリコロール新聞が大好きで何度も読み返していました(笑)

2017年3月に放送されたSound inn Sで新妻聖子さん、昆夏美さん、山崎育三郎さん、城田優さんの4名で歌われたOne Day Moreです。

当時、レミゼラブルの映画はなんとなく見たことがあり、ミュージカルに興味もあったものの、浅い知識しかなかった私にとてつもない衝撃を与えてくれました。

音楽が素晴らしいことに加え、8人もの主要人物による心情が表された歌(しかも一人一人の設定が濃い…!)に1曲聞いただけにも関わらず、ミュージカル一昨まるまる見たかのような感情を覚えました。

そこからレミゼにより興味を持ち、映画も何十回と見ましたし、帝国劇場へも何度も足を運びました。レミゼは本当に深いので、常に新たな発見があり飽きることがありません。

ミュージカルの中で一番好きな作品に出会わせてくれた、あの時のODMは、私の大切な宝物です。

私の運命のレミゼは、ヒュー・ジャックマンの映画版。彼が好きだったから観に行ったところ、俳優でこんなにも歌える人がいるのか!と圧倒されて、泣いて、ハマって、映画館に5回くらい観に行って、それまでミュージカルがあまり得意ではなかったのに生の舞台を観に行きたくなりました。(いわゆる、突然歌い出す感、が苦手でした💦)

日本版は2015年が私の初レミゼです。

出会いは初演のCM。なんだかわからないけど、きれいな合唱だなぁと思った小学生の私でした。当時 斉藤由貴さんが好きだったので、彼女が出る歌番組を見ていたら、彼女はレミゼラブルというミュージカルに出るということがわかりました。そして あのCMがレミゼだったこと、ミュージカルって歌ってお芝居することなど、一気に未知の世界への扉が開けた瞬間でした。しかし、子どもではどうやって見に行くのかもわからず、いつか見てみたい、という思いだけが強く残りました。

それから数年後。高校生になり、クラスに宝塚ファンの子がいました。彼女に連れられ、宝塚観劇を重ねるうちに、日比谷の地理やチケットの買い方がわかるようになりました。‘94年のある日、劇場の中にレミゼのポスターが!これ見たいの!と彼女に話し、来週 当日券に並ぼう!と話がまとまりました。

宝塚の感覚で、見たい日にとりあえず窓口に並べばどこかの席が買える、と考えていた私達は、今思えば未熟者ですが、それでもB席が買えたのは良い時代と偶然でした。

おじさんが司教様に出会って改心する話だよね?くらいの事前知識だったので、たくさんの登場人物が出てくるのに驚きつつも夢中になって観劇しました。中でも、♪誰が導くか〜と登場したアンジョルラスとマリウスに雷を落とされたような衝撃を受けました!(岡さんと石井さんです)休憩時間に慌ててプログラムを買い、キャストボードを見に行きました。そこからレミゼとミュージカルの沼の人生が始まりました。

斉藤由貴さん、CM、歌番組、級友…色々なことが重なり合って運命のように帝劇の席にたどり着けたのだと思います。今も育三郎くんや生田さんが歌番組でミュージカルの歌を歌っているとと、自分と同じように観劇のきっかけになっている人がいるのかな?と懐かしい気持ちになります。

2017/6/26ソワレ。通算3回目の観劇だった。ヤンバルジャンも岸ジャベも昆エポも清水コゼットも最高だったけれど、海宝マリウスと相葉アンジョに目を奪われ、そこまではバル&ジャベばかり気にしていたのが、かなり新しいところに注目しながら見れて、気づきがたくさんあった。

特に相葉アンジョはとても気に入って、2019年も!と見たところ、さらにパワーアップしているのを見て、ミュージカルファンなのは元からなものの、完全にレミゼ沼に転がり落ちた。

2005年3月、帝劇で初めてレミゼに出会いました。1幕終わりのワンデイモア終わり、たてないくらい感動しました。

もともと6回チケット取っていましたが、当日券などでチケットは増え、倍の回数通いました。

わたしの心はすっかりレミゼに、ミュージカルに奪われたのです。

島田歌穂エポニーヌとの出会いです。彼女の歌に魂を揺さぶられました。これ以上のエポニーヌは出会ったことはありません。この先もいないかと思います。

ヒュージャックマン主演の映画から。ジャベールに撃ち抜かれました。

ジャベールが革命チームに紛れ込むためとはいえ、男性を助けてた所ぐっと来ました。

馬でバルジャンを追うシーン、格好良かったです。

死んだガブローシュに対するシーンも。

2019 福井さんと川口さん

2005年年末から2006年年始にかけての梅田レミ。初レミにして全キャスト見るために通いました。アンジョルラスは足をかけて逆さずりになって死んで欲しい派です。

昆ちゃんのエポニーヌを見て、一生昆ちゃんを応援しようと思った。

どうしても見に行きたくて当日券電話で昆ちゃんを見た時、影からマリウスを見る目、ちょっかいをかけている時の目、OMOを歌ってる時の目、恵みの雨の目がそれぞれバラバラで悲しくもありながら、夢があって、少しの希望をもち、そして強くも儚いエポニーヌの昆ちゃんは私のレミゼにはまるきっかけでした。

2019/5/21ソワレの相葉アンジョルラス

正直言ってどこからが「運命」だったのか分からない。気付いたら沼にハマってたというのが正しい気がする。

レミを初めて観たのは2013映画版でそれはそれでハマって何回も観ては泣き観ては泣きしていたものの、舞台を観に行くという発想はなく数年が経過。その間に帝劇デビューして某アンジョ役者に落ちる。

2017年、帝劇デビューしてから初の念願のレミ。初心者ゆえにアンジョ以外のキャストにこだわりはなかったけど組み合わせの妙や毎回そこで起こるドラマの再現性のなさに気付いてしまう。2017年は一応3回しか観てません、博多遠征はしたけど。

今年、あるキャストの組み合わせ観たさについに推しが出てない回にも足を運んでしまいいよいよ沼だなという感がある。という訳でだんだんハマっていって運命の瞬間がどこにあったのかは分かりませんがすっかり虜ですね。強いて言えば映レミを観に映画館に足を運んだ時と2017プレ初日が運命のレミだったのかも。

    私の運命のレミゼは、2012年の映画版です。レミゼを見るのはこれが初めてだったのですが、こんなに全ての曲が素晴らしく、登場人物に感情移入して、感動できる作品があるのかと衝撃を受けました。上映中に何度も拍手しそうになっては、頑張って堪えていました。

司教様が、ジャンバルジャンの言っていることは本当だと警察に言うシーン、ガブローシュが戦いの最中、弾を拾いにバリケードの外へ行くシーン、ジャンバルジャンが、ジャベールに対し、君を恨んではいないと言うシーン等々...。登場人物達の慈愛、勇気、高潔さには、何度も「え、嘘でしょ」と口を覆ってしまいました。

その中でも特に心揺さぶられたシーンが3つあります。

まず、ファンティーヌの夢破れて。歌い出し2秒で「あ、今、歴史が動く瞬間に立ち会ってる」と分かるくらいの凄さでした。コップの淵からいっぱいになった水が零れるように、思わず溢れてしまった想いを静かに紡ぐ歌い出し、その後、耳や目を通してではなく、直接心に流れ込んでくる怒り、絶望。音楽で気持ちを表現することの素晴らしさを体感しました。

そして革命のシーン。レッドアンドブラックで、アンジョルラスがマリウスに、我々にはより大きな目的があるのだと説得したあとに、レーッドとアンジョルラスだけが歌い、そのあとみんながブラッドオブ〜と続けるところが、とても好きです。舞台だと、レーッドから全員で歌ってますが、映画版のこの演出は、それまで年相応という感じでふざけてた学生が、アンジョルラスの一声で革命家の眼差しになるところに、アンジョルラスのカリスマ性を感じて最高です。そう、アンジョルラス格好良すぎ!圧倒的な美しさ、カリスマ性、力強さ。アーロントヴエィトをキャスティングしてくれた人に会うことが会ったら思わず握手してしまうと思います。

民衆の歌は、最初のABCの友だけの歌い出しから、徐々に他の民衆も巻き込み大きなうねりとなっていく高揚感に、体が前のめりにならないよう抑えるのに必死でした。

そしてガフローシュのかっこいいこと!ジャベールの正体を見破り、革命の失敗の色が濃厚になった時は民衆の歌を歌い皆を鼓舞し、そして最期は危険を顧みず1人で銃弾を拾いにいき倒れる・・・。もうアニキと呼びたいほどの格好良さです。

あと、映画版のブリングヒムホームは、最後、カメラがどんどん引きになっていって、バリケードにいる学生たちが映るからか、最後の彼を家へ返してという歌詞が、マリウスだけに向けてではなく、学生達全員に向けてに感じられて泣けます。

ABCカフェや、ドリンクウィズミーでの等身大の彼らを見ている分、彼らが死んで行くシーンはとても辛かったです。開けてくれと扉を叩く者、少しでも時間を稼ぐために階段を壊し、瓶を投げつけるアンジョルラスたち。1階から銃で撃たれる前にコンブフェールが仲間をかばうように立っている姿に、彼の人柄を感じ切なかったです。

そして最期、彼らの理想を歌ったレッドアンドブラックが流れるなか、アンジョルラスが銃を構えられながらも毅然として旗を掲げ、撃たれる様は胸が熱くなりました。

そして、1番泣いてしまったのがエピローグです。最初の、あまりにも弱々しくなってしまったジャンバルジャンを見てから涙が止まりませんでした。その後、コゼットが教会に来るシーン、まだ死ぬには早すぎるわ、というコゼットに対して、お前がそういうならもう少し頑張ってみるよというジャンバルジャン、この2人の涙をこらえての笑顔と、お互いを想いあう愛情の深さにさらに涙が。さらに、「我が罪を許したまえ」とジャンバルジャンが言うところで「当たり前じゃないかー!!」と涙腺崩壊。映画館で嗚咽堪えるくらい泣いたのは初めてでした。いや、だってまさかまだそこの罪悪感に苦しんでるとは。めちゃくちゃ過酷な状況でも苦しみもがきながら、自分を犠牲にして正しい道を選択し続けてきたじゃん!神様が許さんって言っても私が許す!!エピローグは、曲が進むごとにどんどん涙腺が刺激されていって大変でした。

そして、最後の民衆の歌。人生を戦い抜いた人たちの清々しい表情、彼らが見出した人生の意義にとても勇気づけられ、背筋が自然としゃんとなりました。

映画を見たあと、あと3回は見たい!と友達に興奮しながら言いましたが、結局その後、気がついたら7回見に行っていました。東宝の舞台はもちろん、コンサートのDVD、CD、小説、レミゼ関係の書籍、ドラマ、アニメ等々レミゼの名を冠するものを狂ったように見漁りました。それまでネットに絵なんてあげたことなかったのに、生まれて初めて感想イラストを描いたりもしました。今年のGWも、10連休だと知った瞬間イギリスに行くことを決め、パスポートを取るよりも先にWEとUK・アイルランドツアーのレミゼのチケットを購入していました。

ここまで沼に引きずり込んでくれた2012年の映画こそ、私の運命のレミゼです。

私の運命のレ・ミゼラブルは2011年の公演です。

圧倒的なカリスマ性、直視できないほどの眩い光を放つ上原理生さんのアンジョルラスとの出会いが私にとっての運命でした。

それまでも何度もレミゼを観ていましたが、アンジョルラスの言葉に心酔したことはありませんでした。

叶うはずのない夢物語だとどこか冷めた目でバリケードを眺めていたのですが、

「この人について行けば大丈夫だ」

と思えるアンジョルラスに初めて出会い、学生たちが彼に心酔する理由を身を持って体感したのです。

彼らと一緒に、私も夢中になりました。

理生さんのアンジョルラスに出会わなかったら、【私が共に戦ったバリケード】はなかったかもしれません。

今は違う役へとステップアップをされて、彼のアンジョルラスを観ることはできなくなりましたが、初めて理生さんのアンジョルラスに出会ったあの日の衝撃は言葉に現すことはできませんが、今でも鮮やかに思い出せます。

出会えた事に感謝しています。

この度は素敵な企画をありがとうございました。

他の方の運命を垣間見させて頂くのも楽しみです。

私にとっての「運命」のレ・ミゼラブルは2017.6.24 12:00公演でした。ミュージカル映画版、そしてミュージカルの日本版を見て、バルジャンとジャベール、コゼットとマリウス、学生たち…様々な人間模様と素晴らしい楽曲に魅了されていった。その中でもアンジョルラスという人物は特別だった。と言うのは、私のご贔屓が同年にアンジョルラスとしてデビューをしたからだった。彼とアンジョルラスを通してレ・ミゼラブルという作品に触れたが、私の「運命」が決まったのはこの日だった。この日のアンジョルラスを演じていたのは上原理生さん。歌が上手いとは風の噂で耳にしていた。私が座っていたのは2階の後列。1幕が始まった。歌が上手いだけではなかった。圧倒的な華と風格を備えた「アンジョルラス」がそこにはいた。ABCカフェ、民衆の歌、どんどん心が熱くなっていく。運命の瞬間が近づいていた。ONE DAY MOREのアンジョルラスのパートだ。ピンスポットを浴びて高々とマスケット銃を掲げた姿、その神々しさは一生忘れない。「嵐の日まで」聞いた瞬間には、雷に打たれたような衝撃を受けた。頭は真っ白になり、胸がぎらぎらとした熱で焼き焦げていくような感覚になった。圧巻だった。そこからは物語の激動に飲み込まれていき、気がつくとカーテンコールを迎えていた。今でもその感動はしっかりと刻み込まれている。もしこの先、理生さんやご贔屓が卒業したとしてもレ・ミゼラブルという作品のファンでいたい。 今はただそう思っている。

好きな俳優さんがマリウスを演じるとのことで、初めて日本でレミゼラブルを観ました。その際、いつもエポニーヌに感情移入していた私が、初めてマリウスに感情移入しました。初恋の歓びを歌うマリウスにものすごく共感して、思わず涙している自分がいて、それはそれは驚きでした。

人生を重ねれば重ねるほど、感情の幅が広がり、レミゼラブルもまた違った風に見えるのだな、と強く思いました。

色んな方が仰るように、観る度に違う感想を抱く深い作品だと思います。

2011年の東宝の舞台

1995年にBS-2で放送していた10周年記念コンサートです。たまたまTVをつけたらそのままラストまで座ることも忘れて観ました。それ以来最初にして最高のレミゼだと思っています。

今年、上手の最前列で見た回でレミゼの沼に落ちました。

元々映画版を数回と2017年のレミゼを2階席から1回しか見たことなかったので、大まかなストーリーしか把握してなかったこともあったかもしれませんが、初めてグランテールとガブローシュの関係性に気付き、号泣してしまいました。そこから学生たちにも注目するようになり、よりレミゼを楽しめるようになりました。これが学生沼…。川島グランテールが私の運命のグランテールになりました…。

ただでさえチケ難の今年、開幕してから沼ったので、とりあえず博多をポチりました。普段遠征しない民なのに。怖い。反省もしてないし後悔もしてません。レミゼは最高、レミゼは人生…

1999年東宝レミ

出演俳優のマネージャー、事務所プロデューサーとしてカンパニーに参加させて頂き、その後、数名の俳優が後のカンパニーにも長らくお世話になりました。

1999からミレニアムに参加した俳優は16年ほど前に天使になりましたが、今でもレミカンパニーでの日々の記憶と、そこで培った友情は健在です✨

大晦日のカウントダウンをやったり、男女逆転ショーをやったり、なかなか特別なカンパニーではなかったかなと思います。

その舞台裏にて、観客の皆様の喜びの一旦を担えた事は何よりの人生の喜びです。

なんて言っても、レミの根源は「愛」だから。

客席のみならず、舞台上も袖でもみんなが愛に充たされる作品

レミは永遠です✨

運命のレ・ミゼラブル。忘れられない瞬間。

そう問われて思い出す二人がいます。

ミュージカル「レ・ミゼラブル」日本プロダクション、2013年~2017年の上原理生さんのアンジョルラスと、菊地まさはるさんのグランテールです。

上原理生さんのアンジョルラスはまさにカリスマという言葉がぴったりのアンジョルラスでした。

苛烈で、周りを炎と共に巻き上げて行くようなリーダー。

そんな上原アンジョルラスに、魂ごと奪われていたのが菊地グランテールでした。

ABCカフェで菊地グランが上原アンジョを見つめる、『うっっっっとり』としか表現できない眼差しが忘れられません。

精神が溶け出し、上原アンジョに絡みつくような顔をしていました。

2013年から2017年の間で上原アンジョは猪突猛進の青く若く熱いリーダーから、懐が深く、冷静に燃える首領になっていきました。

2013年では菊地グランに触れられて、手を跳ね除ける場面もありましたが、2017年では二人の触れ合いが増え、

二幕冒頭のミニバリケードにて菊地グランが「吼えるぜ、子犬も」と言うところでは上原アンジョの胸に手をトンッと叩くし、

バリケードが完成したときも、菊地グランが「痛い目に遭わせてやろう」と歌いながら上原アンジョの胸をトンッとやると、上原アンジョもお返しに菊地グランの胸を笑いながらトンッとやり、菊地グランは大げさに『やられた~』と胸を押さえてよろけ、上原アンジョはグランが落ちないように咄嗟に腕を掴む。この二人でしか発生しないやりとりでした。

そしてその後、「共に飲もう」でグランがアンジョに「偽りじゃないか」と問うところで、菊地グランは泣きながら上原アンジョの胸をトン…とやるのでした。

真逆の人間性を持つ二人ですが、砦が落ちんという時に和解します。

撃たれて落ちたマリウスに駆け寄るアンジョルラスをグランテールが起こし、気持ちを交わし、アンジョルラスは砦に翔け上がります。

その時のやりとりも、年ごと、日ごと、人ごとに変わっていました。

2013年は、上原アンジョは「お前は死ぬな」と言っていたそうです。

アンジョルラスのためにのみバリケードに来たグランテールに、お前は死ぬなと。酷だと思いますが、革命のために来たわけではないグランテールだからこそ、自分たちのいなくなった先の未来を見に行ってほしかったのかもしれません。

2015年は、ご本人に伺いましたが、「愛してる」と言っていたとのことです。菊地グランの回でした。

グランテールの愛を受け取って、最期に返せるようになっていたのです。

そして、2017年は、菊地グランが「君の死に場所はあそこだ」とアンジョに砦の頂上を示していました。

革命に一切参加していなかったグランテールが、砦が陥落する間際に、アンジョルラスをアンジョルラスたらしめるのです。

その言葉に微笑み、上原アンジョは菊地グランの頬を撫でて彼の元を離れます。

頂上で旗を振るアンジョを、跪いて仰ぐ菊地グランはまさに信仰者でした。

すぐに我に返り、弾かれるように立ち上がり、共に死ぬべくアンジョの後を追おうとしますが、砲撃で吹き飛ばされてしまいます。

第二の砲撃の直前、アンジョが最後の力で拳を突き上げた時、「アンジョルラーーース!!!」と叫ぶのは菊地グランだけでした。

2017年、上原アンジョ・菊地グランの大千穐楽は同じ日でした。

アンジョとグランの生前最後のやりとりは、前述の通り「君の死に場所はあそこだ」なのですが、この最後の日は、菊地グランは「許してくれるか?」と言ったそうです。

このセリフ、原作でグランテールがアンジョルラスに最後に言う言葉なのです。

上原アンジョの遺体が運ばれてきた時、今まで観た中で一番美しく、穏やかな顔をしていました。

砦と共に落ちたアンジョルラスがあんな顔をできたのは、菊地グランの力なのだと思いました。

アンジョルラスの最後のセリフ、「立つのだ仲間よ 世界に自由を」は、英語の歌詞では「Let others rise. To take our place. Until the earth is free!」

機械翻訳だと「他の人を立ち上げましょう。 私たちの場所を取るために。 地球が自由になるまで!」になります。

意味合いとしては「後の世の人々よ立ち上がれ。世界が自由になるその日まで」といったところでしょうか。

つまり、あのセリフはあの場にいない民衆のために放たれているのです。

自分たちが倒れても、革命は繋がれていくと歌っているのです。

上原アンジョは、まさに、あのセリフの時は砦を、仲間を見ていませんでした。

ご本人も仰っていましたが、客席に手を伸ばし、21世紀の民衆に向かって歌っていました。

悲惨な最期を遂げたアンジョルラス率いる学生、そして砦、革命…と思いがちですが、上原アンジョルラスの革命はまだ終わっていません。私たちに引き継がれているのです。

彼らが命を賭した、私たちが悲しみに涙したあの革命は、私たちによって“成功”に導けるかもしれない。

周りを炎の渦で巻き込んでいったカリスマリーダーの上原アンジョルラスは、あの舞台上の仲間だけでなく、2017年の客席すら巻き上げていく男でした。

そしてそんなアンジョルラスと愛を交わしたのが菊地グランテールなのでした。

2017年、二人は同じ日に大千穐楽を迎え、共に役を卒業されました。

今、振り返り、あの二人の輝きを鮮明に思い出します。

今頃主の国で仲良くやっていることでしょう。

ありがとうございました。

2007年8月に帝国劇場で観た、旧演出のミュージカル「レ・ミゼラブル」で、私は殴られたような衝撃を受けた。

とある懸賞に当たり、人生で2回目のミュージカルへ。当時の私は中学1年生、原作についての予備知識はゼロ。ミュージカルといえば、楽しい曲とハッピーエンドなストーリーに、表情豊かでニコニコした役者さんと華やかなダンスが出てくるものだとばかり思っていた。

プロローグを観ながら、なんだか暗い話だなあと思いつつも、私は「ミュージカルらしい世界」に到達するまでの設定説明だと勝手に思っていた。

独白のシーンが終わって「あっ、ここから本編始まるんだ!」と思った瞬間、現れたのは貧乏人たちではないか。あんなに壮大なイントロだったのに、貧乏・飢え・借金と言いながら、今にも倒れそうな人々が、虫のごとくぞろぞろと出てきた瞬間に、度肝を抜かれてしまった。この貧乏人たちの荒波に、自分も飲み込まれてしまいそうな気がした。この衝撃が、私にとって生涯忘れられない瞬間となった。

舞台の上は、普通の人々と世界を、こんなにもダイナミックに、あるいは繊細に表現できる。その可能性を教えてくれたのがレ・ミゼラブル。劇場通いを続け、舞台上の様々な人間に思いを馳せる日々、その原点になった。

2012年の映画版が一番最初の「レ・ミゼラブル」との出会いです。それまでは「あゝ無情」という小説があるということは知っていましたが内容は全く知りませんでした。

映画そのものは好きですが大スクリーンが苦手なので普段はあまり映画館に行かないのですが、先に観ていた友達に誘われて一緒に行き、言葉では言い表せないほど感動したのを覚えています。サントラCD付のDVDboxも買いました。笑

その一年後の2013年、日本版レミゼの帝劇公演を観てからは、上演される度に(回数は決して多くないですが)必ず観に行っています。まだ読み終わっていない原作小説も、必ず読破したいです。

2015年の帝国劇場での・ミュージカル、レ・ミゼラブルでした。

映画版レ・ミゼラブルを見て、ミュージカルも見てみたいなぁ、と軽い気持ちでチケットを取ったのを覚えています。

吉原光夫さん演じるジャン・バルジャンの独白を後ろの席から見ていたのに、まるでアップで見てるかのように大きく感じ、雷に打たれたような衝撃を受けました。

一人の人間の転落から更生の姿を追体験しているように感じて、久々に心が揺り動かされました。

ラストシーンからは号泣して、終演後しばらく椅子から立ち上がる事が出来ないくらいショックでした。

それから、何度も見ていますが、吉原バルジャンは私にとって特別な存在です。

有名らしいから見てみようかという軽い気持ちで訪れた帝国劇場。陥落した砦の盆が回って赤いベストを着た革命家に天からの白い光が射したあの瞬間が、私の運命だったのかもしれません。

2017年大阪公演で見切れ席から見た、相葉アンジョルラスが砦から落ちる瞬間。照明がチカチカしてスローモーションに見え、ザザザとノイズがかかったような、まるで古い映写機で見る映画のワンシーンのようでした。その直前の、うまく上げきれず少し掠れた「自由を」でぐわっと燃え上がった炎が、一瞬で消えたように思えて。ぞわぞわしました。

自分の初レミは2015年でしたが、2017年のこの日の記憶が一番鮮烈です。

どうしても絞れなかったので2つ失礼します。

・ラブリィ・レイディのシーン意味も分からない小さい時に初めて観た2009年帝劇公演。一番目に焼き付いているのは髪を乱しながら自殺する警部の美しさ。10年後、その日のキャストが岡幸二郎ジャベールだと判明しました

・2017年本公演2日目、ベガーズで相葉アンジョが出てきた瞬間に燃える太陽の矢が胸に飛び込み、2枚しかなかったはずのチケットはその後4倍に増え、人生初の遠征にも行きました。17年の青いアンジョ像も好きでしたが今期また様子が変わってきて、札幌大千穐楽にはどんな姿になるのか今から楽しみです!

私の運命のレミゼはミュージカル版の2017年10月3日マチネでした。

以来、私の人生はがらっと一変してしまった。

あの日、中日劇場で見た上原アンジョルラスと海宝マリウスが、私の人生を大きく変えてしまったのです。

それまでもレミゼには興味がありました。

もともとフィギュアスケートファンなので、大好きなスケーターが使用していたプログラム曲として音楽的に気に入っていました。

また、映画版レミゼを見てその世界観に触れて作品のファンになったため、30周年という機会でついにミュージカルに足を運ぶことにしました。

実は初観劇は9月のフェスティバルホールでした。

1度では飽き足らず2度大阪で観劇し、最後の最後にダメ押しで観劇したのが「私の運命のレミゼ」10月3日マチネだったのです。

それはもう、天啓を授かったかのようでした。

初めて上原アンジョの歌声を聞いた時のあの衝撃たるや…!

それはもう凄まじいまでの存在感で、かっこいいというよりもただただその背中について行きたい感じで、ひたすらまぶしかったんです。

上原アンジョは兄貴・リーダー・骨太・情熱・導師といった印象で、「この背中について行こう」「彼についていけばきっと大丈夫」そんな求心力と安心感を感じました。

なぜ学生達は無謀にも立ち上がったのか。アンジョルラスがいたから。

なぜ学生達は圧倒的不利とわかっても革命を進めたのか。アンジョルラスがいたから。

なぜ学生達は死ぬと分かっていても逃げずに最後まで立ち向かったのか。アンジョルラスがいたから。

「なぜあんな無駄なことを」とは言わせない説得力が、上原アンジョにはあったんです。

この人なら信頼できる。

この人になら、自分の命を任せてもいい。

この人と一緒に最期を迎えてもよい。

死ぬかもしれない恐怖に、自由を渇望する気持ちが勝つという、現代ではありえないような世界に、恐ろしいほどに共感してしまいました。

そして、上原アンジョについていった学生達の無残な最期を見せつけられたとき、「自由を求める覚悟の儚さ」を感じて、ただただ涙が止まらなくなってしまったのです。

そしてもう1人、私の人生を変えたのがあの日の海宝マリウスです。

海宝マリウスは、私がそれまで少々疑問に感じていた、なぜマリウスとコゼットがレミゼラブルという物語の中に存在するのかという問いの答えをくれたんです。

正直、それまでレミゼという壮絶な物語の中でマリウスとコゼットの存在は浮いてしまっているように感じて、共感できないと思ってしまっていました。

でも、海宝マリウスは本当にすごかった。

海宝マリウスは全ての言動に「彼なら仕方ない」と思わせるような誠実さと生真面目さと地に足ついた落ち着きがにじみ出ていて、だからこそコゼットの存在意義も際立つように感じました。

このマリウスがこの非常事態で恋に落ちる、我を見失う、それほどコゼットは魅力的な女性なんだろうなという説得力があったのです。

絶望の中だからこそ際立つ純粋な愛があるんだなぁと思った瞬間、私の中のマリコゼ感がガラッと変わりました。

そうか、レミゼってこういう物語なのか。

たくさんの絶望・無情感の中、そこにある愛はべたべた甘くて周囲から浮いた余分なものなんか決してじゃなく、必然性のある、あの世界だからこその愛なんだ、と。

何となくわかったような気になっていたけど、海宝マリウスが心にすとんと落ちる答えをくれたのです。

こうして、私の人生は変わりました。

2017年10月3日、圧倒的求心力を持つ上原アンジョルラスと、圧倒的説得力を持つ海宝マリウス、そして付け加えると大人顔負けの素晴らしい表現力を持った島田ガブローシュを見たことで、私はミュージカル沼にどぼんと身投げをしてしまったのです。

後から知ったのですが、あの日は上原アンジョの千秋楽の前日だったようです。

もう一度彼のアンジョを見たかったのでそれが叶わないのは残念でしたが、むしろ間に合ってよかったなぁと心底ほっとしました。

あの日あの歌声を聞いていなかったら、ミュージカルファンとしての私は存在しなかったでしょう。

そういった巡りあわせに感謝しつつ、私は今年も上原ジャベールと海宝マリウスを見るために劇場へ足を運ぶのです。

ついアツくなり、長々と書いてしまいました。

ここまでお読みくださった方々、そしてこのような機会を与えてくれたゆばさん、どうもありがとうございました。

「島田歌穂さんの歌(オン・マイ・オウン)を聴きに行こう」と誘われて行った初レミゼで、鹿賀さんの歌声にノックアウトされた。

私の「運命」のレミゼは「酒瓶」のキーワードで始まりました。

2017年、30周年スペシャルウィークも終わったころ、友人が随分と楽しそうに通っているなと思っていたのをよく覚えています。ミュージカルや舞台演目に詳しくなくとも知ってるくらい知名度の高い演目、スペシャルカテコに召集される過去キャストのそうそうたる面子、なんだかわからないけど凄いパワーを感じる。東宝系の有名演目にようやく触れ始めたころだったので、一度くらい見てみようかな……なんて軽い気持ちでチケットを探してもとっくに完売済み。(そりゃそうだ。レミゼ舐めんな)

そこで諦めればいいものを、ふと思い立ってしまいました。

「そうだよ当日券狙おう」

今思えば無茶だなぁと思うけれど当時は取れたらラッキー、ダメでも当日券チャレンジとか面白いからいいや。くらいの軽い気持ちで朝っぱらから数時間、日比谷でぼけっと座り込み。床が固くて尻が痛くなったころに無事当日券ゲット。それが私の初レミゼ。

「レミゼ見るぞぉぉー!」と騒いでたら開演前に友人から魔のささやき「酒瓶持ってるヒゲの人がグランテール」友人はアンジョルラス役のファンだったので、単純に「アンジョルラスとグランテールの関係性にもぜひ注視してね」という意味でグランテールを認識させようとしていたようなのですが、「酒瓶持ってるヒゲ」だけ頭に入れて挑んだ結果、終演後には見事にあの酔っ払いに転んでいる私がおりました。

ずっとお酒を飲んでばかりでへにょっと頼りなげで、学生たちが革命に燃える中なんにもしていない。いや本当にびっくりするくらい何もしていない。ガブローシュの保護者してるかと思えばガブローシュがこのおじさんの保護者をしていた。お調子者かと思いきや砦で繰り広げられる光景に耐えきれず顔を背け、酒に逃げ、酔い潰れて上手の壁に染みみたいにへばり付いているのに、逃げ出すことだけはしない。何故ならそこには彼が自分の命よりもずっと大事で惹かれている存在があるから。

そもそもフランス史をよく知らずにいて、なのに1789を観劇していたせいでレミゼの革命は成功する革命だと思っていたんですよ。おかげで初見はバリケードの崩壊に茫然としました。あんなに死ぬなんて聞いてない。

そんな崩壊の最中に、皆を率いて戦いぬいていたアンジョルラスが、一度も武器を取らず酔い潰れ倒していたグランテールと熱い抱擁を交わして死にに行く。誘蛾灯に誘われる虫のように、その後を追うグランテール。恐ろしいのがその一連の流れに一切のセリフもなく、大きくクローズアップする意図もなく、乱戦の中のほんの一瞬に行われていたこと。プリンシパルのアンジョルラスはともかく、アンサンブルのグランテールをきちんと認識して追っていなければ、ただ学生の一人とリーダーが鼓舞しあってると流し見て終わってしまいかねない。なんという密度の舞台だよ。

舞台観劇の面白さの一つに、本筋とは関係のない部分でも常に何かが起こっていることがあると思っています。誰も見ていないかもしれなくとも、気付かれないような些細な部分でも、きっちり演じきる役者がいてくれるから、役に命が宿る。本筋を見てくれよと怒られてしまいそうですが、そんなすみっこで繰り広げられるお芝居が好きな私がレミゼのアンサンブルウォッチングにはまらないわけがなかった。バルジャンとジャベール以外は皆兼役で農民をやってみたり警官に扮してみたり、乞食になって転がっていたり、そんな端役にも人生がある。なんならダブルキャストトリプルキャストで全然毛色が違ってくるし、組み合わせ次第で可能性は無限大。と言いたいところですがそんなにあっちもこっちも追えない目が足りない。結局私の初レミゼyearはグランテールを追いかけつづけ、地方まで飛んだところでようやく周りの学生をちょっとだけ覚えて終わってしまいました。

今年はあの背骨のない、壁の染みみたいだったグランテールはいません。もう一人の、きちんと自立して、一歩引いた目線で仲間たちを俯瞰しているグランテールと、新しい小柄でコミカルでかわいらしいグランテールがいる。

17年の頃だって無理やり捻出したスケジュールではダブルキャスト半々でしか見れていないんだから、あのグランテールじゃない回だってたくさん見た。だから大丈夫。だと思っていたんだけどふとした瞬間にもう見られないあのグランテールが見たくて泣きそうになります。

今年の二人のグランテールも、全然違う個性だけれどそれぞれにグランテールとして生きているし、やっと顔を覚えてきた学生たちだってみんな個性的で知らないうちにいろんなことをやっている。あと10個目玉が欲しい!と人間辞めたい宣言しながらオペラグラスを覗く日々はこれからも再演する度に続きそうですが、その始点が2017年のあのグランテールとの遭遇だったことだけは忘れずにいたいです。あのタイミングで出会えたことに、間に合えたことに感謝を。

「ああ無情」冒頭の銀の燭台の部分はうっすら知っている程度の知識で、ある時レミゼのファンサイトに巡り会い蜂起する学生を知りました。そのときはぴんときていなかったのですが、ミュージカル映画版を見て、「ああ、あれが!」と線が繋がり、そこから転げ落ちるように映像と書籍を漁りました。レミゼは派生媒体もファンアートも凄く丁寧に作り込まれて見ていて飽きません!そしてそれ以上にユゴー先生の原作が一番凄い…!

私にとっての「運命」のレ・ミゼラブルは、今年の川口ジャベールの自殺です。

「疑いを知らぬ俺が」というフレーズに、それまでのジャベールの人生と、そこから来る矜持や信念が全て表れていて、本当に胸を打たれます。

川口ジャベールが理想とする人物は人間ではなり得ないもので、ここでようやく葛藤を抱えられたのだなというか、彼が人間として生きていけるかどうかの分かれ目がこのフレーズであったように感じ、なんとか救えないかと考えてしまいます。

今年のレ・ミゼラブルが私にとって初めてのレ・ミゼラブルで、川口ジャベールに出会えたことに心から感謝します。

映画でヒュー・ジャックマン演じるバルジャンが独白を歌いながら仮出獄許可書を破り捨て、その紙が空を舞ってパリの街へ落ちていくシーンから夢中になって観ていました。映像ではありますが音楽と演出に頭を殴られたような気持ちになり、いまは生の舞台でしかも母国語で享受できる環境にとっても感謝しています。

一昨年、東宝版のレミゼと同い年だということに気づいて勝手に親しみを覚えていたのですが、私がお腹の中にいた時分に母が帝国劇場に初演の『レ・ミゼラブル』を観に行っていたというのを最近知りました。一瞬胎教がレミゼという贅沢すぎる経験をしていたのか…!と胎児時代にタイムスリップしたい衝動を覚えましたが当時のことを全く覚えていない記憶力が切ないです。

2015年度の、言葉は交わさず視線だけで気持ちを通じ合わせているような野島アンジョルラスと丹宗グランテールを思い出しては時々しんみりしていますが、特に心に残っているのは優しさに満ち溢れていた清水コゼットと猫のようにしなやかだった笹本玲奈エポニーヌの邂逅です。

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